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2011年8月7日 / ouch!

折り紙における「設計(設計理論)」という言葉の独り歩き~創作出来る人でさえ設計に幻想を抱いている現状~

1.折り紙設計とはなんなのか?

「創作する」ことを「設計する」と捉えたのは目黒、前川、ラング諸氏である。
(だったと思う。ネット情報。リアルタイムでは遭遇していない。)

彼らに共通するものはなにか?

彼らは(確か全員)「工学者」であり、ものをつくるために設計することに
なじみが深い。浅学のため目黒氏についてはわからないが、後者二人は
ソフトウェアに造詣が深く、「設計!設計!」と叫ばれまくる世界の住人といえる。
そんなわけで、個人的な解釈としては

「折り紙を設計する」とは、創作する過程に対して「工学的なアプローチを取ること」である。
「創作する」とは、”自分なりに考えて”なにかをつくることである。

さて、工学的アプローチとは何か。工学が考えていることを簡単に言えば
「どうしたら目指す成果に結び付けられるか」なので、
「ちゃんとやれば成功”しそう”な方法・手順を確立、適用する。できれば難しさも減らしたい。」
といったところだろう。
意外と謙虚である。

2.設計、設計理論という言葉の幻想

私の視点からは、折り紙設計の現状は次のように見える。

・創作しない(したいけどできてない)人の「設計」「設計理論」:
(設計理論をマスターすれば、)システマティックに、悩み無しで、所望の作品ができる。
ノンストップ・トレイン ヤッター!

・創作する人が実際に感じる「設計理論」:
好きなように作れば?
なんていうか、系統立てて線つけたら紙がどう形になるかを
ほんのちょっと調べてまとめといたから、それ使ってネ☆
あと、これ使って出来るのはまだ完成品じゃないから(笑)

・創作者が感じる「設計」≒ 英語上(design)、工学上の設計:
アイディアを出す。考えを図に起こしたりして、
具現化できるようにまとめる。
すんなり出来るなんて保証はまったくされていない。

「(折り紙の)設計」という日本語が何故こうも
「人間が考える余地もなくうまく行ってしまう方法」
のことを指すようになったのかはわからない。(指していると私は思う。)
一般には使われない言葉・行われない行為で「カッコイイ」からだろうか。

特にそこに「理論」という言葉をつけたせいで、有難みが100倍くらい大きく見える。
(他の言葉に置き換えても、普通の人にとって10倍以上にはなりそうである。)

この解釈の齟齬をなくす必要がある。
責任者はどこか?

3.設計に「理論」は存在しない

拙いながら私も工学(しかもソフトウェア、コンピュータ関係)を学ぶ身である。
この分野の設計に「理論はない」。
あるのは「手法」と、経験から来る「プロセス」だけである。(だけ、は言い過ぎだけど。)

本来、設計という行為は120%商売と実用のためで、スピードが命であり、
そこで理論をこねくり回している余裕なんて存在しないのだ。
(あったとしても、理論は知らなくていいように隠蔽されている。)

そして手法もプロセスも、両方頼りない。とても頼りない。
「こんな感じでやったらいつもよりは完成が早かったよ」みたいな感じである。
私の感覚だと、折り紙の「設計理論」は「設計手法」に相当している。

私はソフトウェア設計に特になじみがあり、そこでは
「うまく問題の切り分けが出来ず、整合性がとれず、
常にすったもんだするから、結局は人の能力だとしても、
どうにか少しでもシステマティックにしてミスを減らしたい」
という渇望がある。
そのためにソフトウェア工学なんて学問まで出来てしまっている。
(手法とプロセスの話はこれで学べる。今も絶賛アイディア募集中である。)

学問まであるにもかかわらず、うまくいかなくてリリースを延期するのは割とよく聞く話である。
設計の道は険しい。

しかしここで「失望した!設計に失望した!」と言ってしまうのは間違いである。
設計とは本来そういうものであり、現実問題として、これが限界なのである。

4.「設計」の本当の意味

ひとこと声を大にして言いたいのは、折り紙だろうとプログラムだろうと、
むしろ、なにかを作る上においては

「設計手法とは、ぼちぼち失敗しにくくなって、ちょっと悩みが減らせるような制限を
(うまく選んで)意図的にかけただけ。」

である。
その制限の上で知恵を絞ってものをつくるのだ。
数学でいえば、すべての大元になるような公理系が提供されただけだ。

「設計手法」が提供するのはちゃちな道具である。でも、ないよりはあったほうが断然良い。
「設計」はそれを使って、うんうんうなって、
つくりたいものにたどり着くように頑張ることを意味している。
(早い話が試行錯誤。慣れると効率が良くなる。)

いつまでも誤解されたままならば、これからは折紙設計なんて言葉は廃止して、
「制限付加型」折紙創作とでもいったほうがいいのではないだろうか。
とりあえず「設計理論」はやめるべきである。

(2011/8/8 3節を追加。数箇所修正。)

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