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2012年1月8日 / ouch!

創作(≒研究)に求められる精神

(工学の)研究は新奇性と誰が見ても納得できるだけの良さがなければ意味がない。
というか、研究として認められない。
工学じゃ何かを創らなきゃ話が始まらない。

創る。そう、創るの。
新しさと良さを自分で見つけてるの。
創作となんら変わらない。

下のリンクにある「自然な疑問をもてない人」は残念ながら
自分の周りにもいる。世間的にはそれなりの大学であっても。
この言葉の意味するところは問題解決能力の有無ともいえる。
個人的な意見だけど、これに当てはまるうちは十中八九創作できない。
どうしても創作したいという熱意があるなら、
「疑問を持てる」ように人格改造に近いことをしなきゃない。
そこまでいくと赤の他人にどうにかできるものではない。
道を示すことはできるかもしれないけど、最後は本人次第。

http://d.hatena.ne.jp/next49/20080205/p2
http://d.hatena.ne.jp/next49/20080207/p3

私的チェックシート

1. 日常において自分なりの基準をしっかり持ってますか?自分に関することを自分で判断できますか?
2. ちょっと難しいことについて自分の脳みそをフル稼働させて、ほぼ自力で答えにたどり着いた経験がありますか?
3. 自分の行動に的確な根拠がありますか?それを説明できますか?
4. 「なぜ」という疑問を持たずに、自分を納得させないまますべてを鵜呑みにしてませんか?
5. 困難をすべて避けて通ることを善しとしてませんか?
6. 打たれ弱くはありませんか?

追記

http://www.mec.gr.jp/INTER/kanade/kanade4.html

「現実の中にある問題を自分で考えて「何とかする」という訓練をしなければ、いくら専門的な知識があっても、思考力、判断力、そして挑戦しようとする意欲=知的体力は生まれてこない。」

他の回の記事も私にとっては腑に落ちるものばかりである。研究者として、創作者として。

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